名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)742号 判決
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【説明】
請求の原因中判旨に関係する部分は、次のとおりである。
「2 本件捜索差押は国犯法二条一項、四項に違反する違法なものである。
(一) 本件捜索差押許可状に記載された捜索しようとする場所は「名古屋市南区七条町一番地の二」であるところ、被告職員が右許可状に基づいて捜索した場所は名古屋市南区六条町四丁目一一六番地の三に所在する合資会社三幸工業所及び原告三幸興業株式会社の本件事務所であつて、右許可状記載の捜索しようとする場所と全く別異の場所であるから、被告職員のなした本件捜索とそれに基づく差押が違法であることは明らかである。<中略>
4 本件捜索差押は国犯法八条一項、二項に違反する違法なものである。
国犯法八条一項本文は、収税官吏は日没より日出までの間……捜索又は差押を為すことを得ない旨、同条二項は、日没より開始したる……捜索又は差押にして必要ある場合は日没後まで継続することを得る旨各規定する。しかし、同条二項により、捜索又は差押が日没後に継続してなされることが許される場合であつても、同条一項の趣旨に照らし、必要最少限度の時間に限り許されるものと解すべきである。
ところが、被告職員は、同条二項に規定する必要ある場合ではないのにもかかわらず、本件捜索差押を日没後も継続し、しかも、翌日の午前一時三〇分頃までという常軌を逸した長時間にわたりこれを継続した。」
【判旨】
2 そこで、まず請求原因三、2(一)の主張について判断する。
(一) <証拠>によれば、本件捜索差押許可状(四通)の記載内容は別紙捜索差押許可状(写)(一)ないし(四)のとおりであつて、「捜索しようとする場所、捜索しようとする身体又は物件」の欄にはそれぞれ「名古屋市南区七条町一番地の二、合資会社三幸工業所の事務所等の附属建物および同社従業員の着衣」「名古屋市南区七条町一番地の二、三幸興業株式会社の事務所等の附属建物及び同社従業員の着衣」との記載があるが、<証拠>によれば、合資会社三幸工業所及び原告三幸興業株式会社の登記簿上の本店の所在地はいずれも「名古屋市南区七条町一丁目二番地」であり、本件捜索差押許可状に記載された名古屋市南区七条町「一番地の二」なる地番は行政区画上存在しないことが認められ、他に右両会社が右「一番地の二」に類似する地番の場所に事業所等を有するとの証拠もないところからすると、前記許可状の「一番地の二」の記載は明らかに「一丁目二番地」の誤記と認められる。
(二) しかるところ、被告職員が本件捜索差押の執行をした本件事務所の所在地が「名古屋市南区六条町四丁目一一六番地の三」であることは前記二のとおり当事者間に争いがない。
(三) ところで、本件捜索差押許可状が「捜索すべき場所、捜索すべき身体又は物件」として表示しているのは、本社を名古屋市南区七条町一番地の二(一丁目二番地)に有する合資会社三幸工業所及び三幸興業株式会社の本社事務所とその附属建物及び右両社従業員の着衣であることは前示許可状の記載に徴して明らかである。
しかして、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 「一丁目二番地」の場所と本件事務所との位置関係を図示すると、別紙位置関係図記載のとおりであるが、なおその場所的状況を詳述すると、右「一丁目二番地」の建物及び敷地は、東西に通ずる幅約6.5メートルの公道の南側に位置し、右公道に沿つて長さ約71.5メートルにわたり生垣様のものがあつて、北側の右公道と境を画し、また西側も公道に接し、その敷地の北西角に合資会社三幸工業所の正面出入口があつて、当時右出入口付近に「三幸工業所」の立看板が置いてあり、敷地内は中央にドラム罐洗浄工場とこれに附帯した事務所及び従業員休憩室(前記正面出入口に近い位置)があるほかはドラム罐置場や空地になつており、更に、前記北側の公道に面した垣根の東側から西へ約一八メートル付近にトラツク等が出入りする間口約3.9メートルの工場作業用出入口があり、本件事務所は、この「一丁目二番地」の場所(合資会社三幸工業所ドラム罐洗浄工場敷地)の北東角から北側の公道を挾んだ斜向いの位置(右公道の北側)にあつて、右公道に南面する古びた木造平家建居宅風の建物であり、当時公道沿いに「合資会社三幸工業所」なる背丈位の立看板があり、また玄関右上には前記両会社と名信興業株式会社、中部ケミカル仲継株式会社、計四社の大きい表札が掛けてあつたこと、
(2) かくて、合資会社三幸工業所及び原告三幸興業株式会社はその登記簿上の本店所在地を「七条町一丁目二番地」とし、取引上の契約書類にもその所在地を「七条町一ノ二」等と表示しながら、一丁目二番地には合資会社三幸工業所の工場とその附属施設しかなく、三幸興業株式会社にいたつては同番地の土地、建物は何ら使用しておらず、当時、右両社の本店における営業上の事務は全て本件事務所で行なつていたこと、
(3) 名古屋市南区内には合資会社三幸工業所、三幸興業株式会社と同種営業の企業で同一ないし類似の商号をもつ会社は存在せず、また、本件事務所及び「一丁目二番地」の周辺には他に右両会社の事務所はなく、「一丁目二番地」内に所在する事務所(別紙位置関係図において事務所と表示した場所)においても現実には右両会社の事務は執られておらず、単に会社従業員の更衣室として利用されているにすぎないこと
以上の事実が認められる。
右(1)ないし(3)の認定の事実関係からすると、本件事務所と「一丁目二番地」の場所(ドラム罐洗浄工場等)とは、公道を挾んだ位置関係にあり、行政区画上の表示も異なるとはいえ、場所的に極めて近接しているうえ工場と本社事務所との関係において機能上、使用上も密接にして一体の関係にあるものということができ、したがつて、本件事務所は本件捜索差押許可状が捜索しようとする場所として表示する「七条町一番地の二(一丁目二番地)の合資会社三幸工業所、三幸興業株式会社の事務所及び附属建物」に含まれるものと認めるのが相当である。
してみると、被告職員が本件捜索差押許可状に基づいて本件事務所を捜索した執行を違法ということはできず、原告らの請求原因三、2(一)の主張は採用することができない。<中略>
5 さらにすすんで請求原因三、4の主張について判断する。
国犯法八条一項本文は、収税官吏は日没より日出までの間……捜索又は差押をなすことを得ない旨規定し、同条二項は、日没前より開始したる……捜索又は差押にして必要なる場合は日没後までこれを継続することを得る旨規定する。
しかして、<証拠>によれば、昭和四八年二月二一日当時の名古屋地方における日没時刻は午後五時四〇分頃であつたことを認めることができ、前記1のとおり、被告職員が本件捜索差押を開始したのは同日午後五時五分頃であつたというのであるから、本件捜索差押は日没前に着手されたものであることは明らかである。
そこで、右日没後翌二二日午前一時一五分頃まで継続された被告職員による捜索がその必要な限度を超えたものかどうかについて検討するに、なるほど原告主張のとおり、昭和四八年二月二一日午後九時頃、山本朔夫弁護士から本件捜索差押を明日にしてほしい旨の申入れがあつたにもかかわらず、被告職員が本件捜索差押を継続したことは前記1に認定したとおりであるが、これまた前記1に認定の経緯、すなわち、山本朔夫弁護士の右申入れがなされるまで原告側は本件調査に非協力、反攻的であつたこと、また、本件捜索差押が日没近くに始まり、深夜にまで延引した主たる原因としては、(1)被告職員は本件調査はできる限り任意調査で行い、任意で行えないときには強制調査をするとの方針をもつていたところから、昭和四八年二月二一日午前一一時頃本件事務所に臨場して以来同日午後五時頃まで原告らに対し任意調査に応じるように幾度も説得したが、結局原告らによつてこれを拒否されたこと、(2)被告職員は、同日午後五時五分頃本件捜索差押を開始したが、同日午後五時二五分すぎ頃、嶋田の被告職員に対する本件捜索差押の妨害行為が発生したため、捜索は同日午後九時三〇分頃まで事実上不可能となつてしまつたこと、(3)本件事務所裏の物置には電灯の配備がなかつたので捜索が難航したこと、(4)山本弁護士が被告職員に対し、文書綴等については契約書その他該当物件を個別に抜き出してこれを差押えること、もしくは全部を差押える場合にはその一葉一葉の内容を明確に記載することを要求し、被告職員はこれに従つて差押手続を進めたこと等にあつたと認められ、右のような経緯と執行状況からすると、被告職員が、本件捜索差押の目的物件の隠匿、毀棄のおそれがあると判断して日没後翌二二日午前一時一五分頃まで本件捜索差押を継続したことは相当の理由があり、必要やむを得ざるものであつたと認めることができるから、右捜索差押が違法不当なものであるとの原告らの主張は採用することができない。
(深田源次 大橋英夫 久江孝二)